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		<title>『北京便り』</title>
		<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php</link>
		<description><![CDATA[- Mori Express - Waseda Honjo Senior High School Parents Association]]></description>
		<copyright>Copyright 2010, 杜エクスプレス</copyright>
		<managingEditor>杜エクスプレス</managingEditor>
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			<title>【最終回】 中国の人々 そしてみなさんに謝謝 感謝 !!</title>
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			<description><![CDATA[長かった冬も終わり、暖かな陽が差し込んで北京に春がやってきました。葉っぱが落ちていた木々も芽吹き、宿舎の近くにある桜の花も咲きました。私の北京生活ももうあと僅か、このコラムも今回で最終回になります。<br /><br />私が交換研究員として一年間北京大学に派遣される中での一番の目標は、歴史と伝統のある中国の運動文化と健康法を学びながら、新たな健康運動を日中合作で開発したいというものでした。私は一年間そのことをずっと考えながら北京の街を歩き回り、研究を続けてきましたが、人口13億を越える中国、北京だけでも1700万人といわれる人の渦の中で大きく流されながら迷走し、漂流していただけのような気もします。<br /><br />北京に住むようになってから、溺れそうになっている私を救い出し、いつも導いてくれたのは、多くの中国の人々でした。来てすぐに出会った新しい健康運動「可楽球」とそれを発明した高さんとの交流により、地元の人に混じって健康運動に参加できるようになったのが私の研究活動のスタートでした。その後、元中国国家代表の体操選手だったハンさんとの出会いにより、私の中国スポーツと健康運動の歴史に対する理解は一気に深まりました。北京五輪の大きなうねりの中、チケットは遠い存在で、五輪とは無関係だった私でしたが、中国国際放送の王さんに出会うことにより、中国メディアの仕事を肌で感じながら、北京五輪の感動も身近に味わうことが出来ました。北京の公園では、多くの健康運動の名人達人達に出会うことにより、可楽球に加えて「リボン体操」「フラワースティック」「中国ゴマ・空竹」「経絡体操」等の珍しい健康運動を一通りマスターすることも出来ました。12月に日本から来た「ハルカリ」という歌手にリボン体操を教えたり、北京放送の紅白歌比べに出演したのもいい思い出になりました。しかし、そんな変化に富んでいた北京生活の間、私は自分自身の研究のまとめをどのような形につなげるかずっと悩んでいました。<br /> <br />▼リボン体操の仲間達との交流（玉淵タン公園）<br /><img src="images/20090324-1.jpg" width="400" height="256" border="0" alt="" /><br /><br />そんな中、シンクロナイズドスイミングの中国チームコーチだった井村雅代さんの送別会の時に隣の席に座っていた、中国外文出版社の編集者の方との出会いにより、私の当初の目標は一気に現実のものとなりました。暮れに入って間もなくそのことを思い出した私は、外文出版社日本語部の門をたたきました。現在北京の公園のあちこちで行われているバラエティーに富む健康活動について私なりに分析し、同時にその中で触れ合う交流を通して感じる中国の人々の素朴な素顔を本として紹介できないかという企画を持ち込んだのです。<br /><br />日本語部の編集者の方々は、私のこの企画に熱心に耳を傾けてくれ、話は急速に進み、それ以後私の研究は「中国オモシロ健康法」という日本語の本の執筆に向け一気に動き出しました。この本は私の希望で本文と体験用テキスト編、そして付録に1時間のDVDまでつけてもらえることになりました。私は健康スポーツの研究者として、北京の公園で行われる庶民の健康法を伝えるとともに、いくつかの運動については自分流のアレンジを加えて紹介することにしました。また、私の感じた中国北京の人々の飾らない素顔を、この本の中に凝縮することにしました。中国に来た私たち外国人が、学校や仕事で出会う人々、バスや地下鉄ですれ違う人々、街角で出会う中国の人々とはまた違った不思議な人間関係が北京の公園にはあるのです。日中両国の中に横たわる複雑な政治や経済、歴史問題とは無縁の「健康づくり」を目指す中で見出せる中国の人々の明るい素顔を私なりに全力で表現することにしました。<br />この本やＤＶＤの制作についても、元北京放送アナウンサーだった曙光さんはじめ多くの方々が本当に熱心に協力してくれました。室内撮影で完成したにもかかわらず、最高の作品を作らせてあげたいという中国の仲間達の熱い思いに励まされながら、北京国際彫刻公園にある「人とペガサス」のモニュメントの前で撮り直すことになったＤＶＤ撮影。早稲田の所沢キャンパスにあるものと同じ、大好きなこの彫刻の前で行われたこの日の撮影を、私は生涯忘れることはないでしょう。今日で北京での作業は終了し、あとは表紙やレイアウトを待つだけとなりました。日本に戻ってから出版されることを楽しみにしたいと思います。<br /> <br />▼北京国際彫刻公園で偶然見つけたカーレ・ミレスの作品「人とペガサス」<br /><img src="images/20090324-2.jpg" width="400" height="279" border="0" alt="" /><br /><br />▼中国オモシロ健康法の主役達　ひも付きサッカーボール「可楽球」<br /><img src="images/20090324-3.jpg" width="200" height="328" border="0" alt="" />　　　　　　<br /> <br />▼ヨーロッパではディアボロと言い人気のある中国ゴマ「空竹」<br /><img src="images/20090324-4.jpg" width="200" height="343" border="0" alt="" />　<br />   　　　<br />▼2本のスティックで弾力性のある棒をあやつる　フラワースティック「花コン」　　　　　　<br /><img src="images/20090324-5.jpg" width="200" height="218" border="0" alt="" />　<br /> <br />▼幅広で長いリボンを振り回す「リボン体操」<br /><img src="images/20090324-6.jpg" width="200" height="297" border="0" alt="" />　<br /><br />一年間北京をさまよい歩きながら続いた不思議な出会いの連鎖により得たものを一言で言い表すことはとても出来ませんが、今一番感じることは、中国の人々は私をいつも歓迎してくれ、ずっと応援してくれたということです。中国で出会ったすべての人々の笑顔と優しさ、そして常に励ましてくれた明るさに心から感謝したいと思っています。<br /><br />このコラム執筆の機会を与えていただいた森川様のおかげで日本からも温かな応援のメッセージをいただくことも出来ました。読んでいただいた方々本当にありがとうございました。日本に戻ってから、ここで得た経験を今後の研究や教職活動に生かして行きたいと思います。特にオモシロ健康運動は体育の授業でもぜひ教えたいと思っています。<br />最後になりましたが、このような素晴らしい経験を得る機会を与えていただいた早稲田大学と本庄高等学院の教職員の皆様、また慣れない北京生活を支えていただいた北京事務所の職員の方々には改めて感謝申し上げます。]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Tue, 24 Mar 2009 10:17:44 GMT</pubDate>
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			<title>No.51（餃子と中国文化）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry090223-210323</link>
			<description><![CDATA[昨年の事件以来、日本では今「中国製の餃子」と聞くと評判が良くないと思いますが、本場中国では、餃子は古くから親しまれている家庭料理です。また、春節やパーティーの時などには家族一緒に餃子を作って食べて祝うという習慣があり、私も家庭に招かれてもおいしい餃子を味わうことが出来ました。今回はその餃子と中国の文化についてレポートします。<br /><br />北京で一般的に餃子と言うと熱湯で茹であげた水餃子が出てきます。学生食堂にも餃子は通常メニューに入っていて、日本より大きめのものが１０個くらいで３元（約４５円）です。これにお酢とかしょうゆをつけて食べますが、中身は日本同様の豚のひき肉と野菜の細切れの他いろいろな種類があり、注文する時に選べるお店もあります。中国で食べられる餃子は日本のものより皮が厚めでボリュウムがあり、餃子だけでもお腹がいっぱいになります。<br /><br />北京生活の中で家に招かれて餃子をご馳走になったことはたびたびありますが、どれもとてもおいしいものでした。また、各家庭の雰囲気もそれぞれ異なり、中国の文化を知る上でとても良い経験になりました。一回目は私の誕生日に可楽球を開発した発明家のKさん宅に招かれて食べた餃子。北京育ちの奥様のお手製で、日本では珍しく中身がいり卵とシイタケや野菜の五目風。あっさりした味付けでとてもおいしかったです。また、春節から１５日目の元宵の日に招かれた時には、白いお団子が入ったスープが出されました。このお団子の中身はあんこや胡麻あえで、それをこの日に食べるというのが中国の習慣だそうです。その日は街中で花火が打ち上げられていて、帰り道でもすごい音が響き「こんな街中で花火を上げて危なくないのかな？」と思っていたら、ちょうどその日にCCTVの建物火災があり、驚くとともにやっぱり危ないと思いました。北京の人々は爆竹が大好きですが、みな家族ごとに単独で打ち上げるので、激しく打ち上げている場所に行っても数人しかいないということが多いです。なので、人口の多い北京の市街地では一日中爆竹が鳴り響くという感じです。<br /> <br />▼Kさん（右）と中央がお料理の説明をしてくれる奥様<br /><img src="images/20090223-1.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼白いお団子。中身は何種類かあり、どれも甘くておいしいです<br /><img src="images/20090223-2.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />二回目はいつも中国スポーツの勉強でお世話になっているFさんのファミリーパーティーの時に食べた餃子。この時に食べたテーブルが卓球台だったのはさすが中国って感じでした。食べた餃子は豚肉とたまねぎが中心のポピュラーなものでしたが、この春節のパーティーの内容には驚きました。「何家族か集るパーティーなので来ませんか」と誘われて行ってみると、なんと各家庭の息子や娘達学生の研究発表会でした。さすがに教育熱心なFさんの企画で、精華大はじめ超一流大学の学生達の発表内容は生命科学から電気回路、自動車の制御装置、経済問題と幅広く、私にとっては中国語も難しく、ちんぷんかんぷんで、理解できませんでしたが、とても良い勉強になりました。発表会は朝９時から午後３時ごろまで続き、最後は歌を歌うことになり、私も「北国の春」を歌いましたが、この歌は中国人の中高年の多くが知っていて、日本の歌と言うと「北国の春」という感じです。みんながそれぞれ歌って終了になりましたが、終わったのは夕方６時、延々９時間も続いたパーティーでした。<br /> <br />▼卓球台のテーブルを囲んでの発表会<br /><img src="images/20090223-3.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼水餃子を取り分けて食べます<br /><img src="images/20090223-4.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />３回目は、日本から駐在のKさん宅での餃子で、中身は豚肉と野菜、セロリも入れてありました。この時は中国人の奥様に本場中国式の作り方まで教えていただき、ご家族と一緒に餃子づくりにチャレンジしました。日本では皮を買いますが、さすが本場は皮からちゃんと作ります。右手でころころ棒を転がしながら左手で練った小麦粉の玉を回しながら伸ばすのがポイントです。仕上げはご主人とお嬢さんたちとみんなで中身を挟んで結びました。一緒に出された手料理も素晴らしくおいしいものでした。私の方は食後のお礼にみんなに「中国オモシロ健康法」の中の幸せ体操やディアボロ、デビルスティックを教えたりしましたが、二人のお嬢さんの踊りも見せていただき、久しぶりに日本の家庭の雰囲気を味わい、幸せな気持ちで帰りました。<br /> <br />▼Kさんの奥様お手製の餃子の革の作り方<br /><img src="images/20090223-5.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼練った小麦粉を棒状にしてからアメのように切ってゆきます<br /><img src="images/20090223-6.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼右手の棒を転がして左手で皮を回します。このスピードはなかなか名人芸です！<br /><img src="images/20090223-7.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />私が北京やハルピンで食べた餃子は、水餃子にしても焼き餃子にしても安くておいしくて、やはり中国は餃子の本場という印象です。今後日本で中国製餃子の名誉が回復されてゆくこと祈りたい心境です。<br />]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Mon, 23 Feb 2009 12:03:23 GMT</pubDate>
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			<title>No.50（春節で感じた中国人の特徴）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry090127-190714</link>
			<description><![CDATA[日本ではお正月もとっくに終わり、学校も新学期を迎えていますが、中国は旧暦でお正月を迎えます。中国のお正月は「春節」と言い、年によってお正月の日が変わります。今年は25日が大晦日で、26日が元旦。そこで、この前後二週間くらいがお正月の時期ということです。というわけで、今回は北京の春節風景をレポートしましょう。<br /><br />春節の時期になると大学キャンパスは人もまばらになり、すごく寂しい「中国らしくない」感じになります。中国の大学は基本的には全寮制で春節の時は寮が閉鎖になるため、留学生以外の一般学生は家に帰ることになります。中国人にとって春節の時期に最も大事なことは、結婚したり就職して離れ離れに暮らしている家族が集って、大晦日の夜一緒に夕飯を食べるということで、この時期中国国民全体の延べ２５億人がバス、列車、飛行機で移動するといわれています。<br /><br />そして、大晦日の夜、私も楽しみにしていたテレビ番組「春節晩会」（中国版紅白歌合戦）が夜8時から始まりました。すると、番組が始まる頃から私の住む寮の外で爆竹が始まって大騒ぎになり、新年になるまでずっと続きました。一方番組の方は、踊りと歌と寸劇の連続でしたが、どれも舞台が大掛かりで、派手な衣装を着た多数のダンサーによる踊りのレベルが非常に高く、舞台のバックには縦横３０ｍくらいある全面大アストロビジョンが設置され、コンピューターグラフィックも交えて鮮やかな背景を映し出します。この舞台のための練習時間やお金のかけ方は半端じゃない位にすごいと思いました。一方、歌の方はほとんどが口パクのような感じでした。<br /><br />私はこの番組を見ながら、北京に来てからずっと感じていた中国人の特徴がはっきりとわかった気がしました。中国人は人前に出ることが好きで、このようなお祭りのような発表会はとにかく大好きで、出てくる人がみんな上手だということです。ちょっとした夕食会での挨拶から、学校行事、体育祭の中でのアナウンスの生徒、公園で出会うダンスや雑技の達人達の数の多さ、そしてこの「春節晩会」。これは、北京五輪開会式の派手な演出にまで結びつくほどに、中国人はいざという時にお金を使い、人を楽しませることが大好きで、みんなパフォーマンスが抜群にうまいのです。<br /><br />これは、私の北京生活の中で中国人への見方が変わった一番大きな点なのではないかと思っています。彼らは人前で発表することに慣れていて、そのための教育場面も数多くあるように思えます。中国人は見かけは日本人と似ていますが、性格は欧米人的で、日本に帰ったら、このいざという時のパフォーマンスの大切さを学院の生徒にも伝えたいと思っています。シャイな引っ込み思案を少しでも前向きにしないと、中国人との交渉では勝負にならないと確信しました。そんなことを思いながら、番組を見ていましたが、新年になり0時50分頃やっと終わりました。<br /><br />そして、27日は北京の春節でも一番にぎやかだと言われる地壇公園の縁日に行きましたが、これがまたすごい人でした。春節では家族そろって縁日に行き、みんなで屋台で食べたり、子供たちはもらったお年玉でゲームをしたりして楽しみます。この屋台の数々には昔からの中国と今の中国が交じり合う文化が垣間見られ、とてもよい経験になりました。<br /> <br />▼市内にある地壇公園の西門<br /><img src="images/20090127-1.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />▼西門をくぐると、入り口まで人で埋め尽くされています<br /><img src="images/20090127-2.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼公園内の道の両脇は、屋台がずっと並んでいます<br /><img src="images/20090127-3.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼お正月の鮮やかな飾り物　中国の色は何と言っても「紅」です<br /><img src="images/20090127-4.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼ゲームの屋台も種類が多く、いっぱいあります<br /><img src="images/20090127-5.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼食べ物屋さんの屋台も多数　焼肉一串10元・価格はちょっと高めです<br /><img src="images/20090127-6.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼村の花嫁さんが乗るカゴのアトラクションもありました<br /><img src="images/20090127-7.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" />  <br /><br />▼「インドから来たヘビ使いの女」の見世物小屋も発見しました！<br /><img src="images/20090127-8.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />そんなわけで、中国語で「あけましておめでとう」は「新年快楽！」（シンネン　クアイラ！）です]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Tue, 27 Jan 2009 10:07:14 GMT</pubDate>
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			<title>No.49（ハルピン　マイナス２０度の世界）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry090111-234628</link>
			<description><![CDATA[中国ではもうすぐ春節（旧正月）。ちょうど日本の春休みのような感じで、試験が終わってから約一ヶ月間大学も一斉に授業休みに入ります。そこで、北京大学で日本語を教えていて定期試験が終わったA先生と一緒にハルピンを訪問しました。ハルピンは中国の東北地方にあり、ロシア国境にも近く旧満州時代の痕跡も残されている日本とのかかわりも深い街です。<br /><br />私たちは北京を夜出て寝台列車に揺られて、ハルピンに朝到着しましたが、外へ出てその寒さに驚きました。聞けば気温はマイナス１５度。北京でよく売っているサンザシとヒメリンゴの串刺しアメを買ったら、凍ったシャーベット状になっていて、硬くて食べるのに苦労しました。有名なソフィスカヤ寺院や雪まつり、氷まつりも見学しましたが、寒さとの戦いでした。<br /> <br />▼２等寝台車は３段ベッドで往復５４０元（１元は約１５円）<br /><img src="images/20090111-49-1.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />▼有名なソフィスカヤ寺院　ハルピンはロシア風建築物が多い街です<br /><img src="images/20090111-49-2.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br />  <br />▼「雪祭り」とライトアップされた「氷祭り」どちらもディズニーランドくらいの広さがありました<br /><img src="images/20090111-49-3.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><img src="images/20090111-49-4.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />中でも一番驚いたのはこの寒い中での、おじさんおばさんたちの寒中水泳飛び込みのアトラクション。マイナス１５度の中でのこの飛び込みグループの演技には、「健康づくり」の限度を越えていて、見ていて「信じられない」の一言でした。<br />  <br />▼飛び込みショーに出演のお年寄り達は全部で２０名くらい。元気に明るく飛び込んでいました！<br /><img src="images/20090111-49-5.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><img src="images/20090111-49-6.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />そして翌日は旅行目的のスキー場見学へ出かけました。ハルピンから北へ２００ｋｍほどのところにあるサブリナスキー場は最近スキー人口が増加している中国で、本格的なスキー場として大掛かりに開発された国内屈指のスキー場。来月には大学生の世界大会であるユニバーシアード冬季大会の開催会場になるところです。北京五輪が終了し、２０１０年には上海での万博そして、次に狙うのがサッカーワールドカップ開催と冬季五輪と言われる中、中国最新のスキーゲレンデをぜひ見てみたいと思い訪問しました。<br /><br />サブリナスキー場には標高１３７４ｍの山頂から４８のコースが切り開かれ、ユニバーシアード大会用には標高差５６０m、長さ２６８０ｍの滑降コースも作られ、近代的なゴンドラやリフト等、素晴らしい設備が整っていました。私たち山頂見学ツアーの一行はスキーをしなかったので、コートを着たままの恰好で上がりまし<br />た。ゴンドラとリフトを乗り継ぎ頂上を目指しましたが、リフトが長くて長くて、私自身スキーでいろいろ経験して来ましたが、寒さのレベルが違っていました。平地でのマイナス２０度からさらに標高が上がり、あいにくの風も加わり、見る間に手足の感覚は無くなりました。これでもしリフトが止まったら３０分で命が持たないという感じで、もう体力の限界で耐えられないと思った頃やっと頂上に到着。臨時に暖をとるテント小屋を見つけたときには本当にほっとしました。このものすごい寒さには、一緒に行ったタイや香港の学生達も言葉を失い、無事に帰れた時にはみんなほっとして、とても仲良しになっていました。山頂で凍えながら飲んだコーヒーの温かさは一生忘れないと思います。<br />    <br />▼滑降コースを中心に広がるゲレンデ<br /><img src="images/20090111-49-7.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /> <br /><br />▼ゲレンデ脇には欧州風のロッジも立ち並びます<br /><img src="images/20090111-49-8.jpg" width="400" height="299" border="0" alt="" /> <br /><br />ハルピンは旧満州時代の中心都市で、私自身日中関係の歴史観を築く上でも訪問してみたいと思っていましたが、厳しい冬の自然環境がどんなに苛酷であったかを「体感」出来たことは、とても貴重な経験でした。]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 11 Jan 2009 14:46:28 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.48（北京大学の冬景色と北京放送出演）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry081228-233814</link>
			<description><![CDATA[クリスマスも過ぎ、私の住む北京大学もすっかり冬景色になりました。校内の観光名所になっている未名湖も凍り、日曜日にはスケートをする学生達でにぎわっています。そんな中、私にとってびっくりするような話が舞い込んで来ました。<br /><br />ＣＲＩ中国国際放送局（日本では北京放送）の毎年恒例の「新年紅白歌比べ」という番組に出演してみませんかと誘われ、白組チームの一員として出演することになりました。参加者は紅白４組ずつ。他の出演者７人はＣＲＩのアナウンサーの方々が中心で全員中国人。日本向け放送なので皆日本語の曲を歌うということです。<br /><br />私は迷ったのですが、思い切って出演することにしました。そして、日中友好ということで、下手でもいいと思い中国語の歌を選びました。もともとこの出演は、北京五輪のコラムを書かせていただいたのが縁なので、曲はパラリンピックの時の中国のテーマ曲だった「Everyone is NO.1」という曲。この北京便りでも紹介した、事故で足を切断した名ランナーが立ち直り、パラリンピックに出場し、同じ境遇の子供に勇気と希望を与えるという感動的なミュージックビデオの曲です。<br /><br />それ以来、毎日部屋で練習していますが、どうなることか・・・。でも、思ってもみなかったような体験は、この学院の杜エキスプレスへの執筆から始まった話でもあり、このコラムの執筆を依頼してくれた会長の森川様や、読んでいただいている皆様に感謝の気持ちをあらわす意味でもがんばって歌いたいと思っています。放送は１月１日。歌の方は全く自信がありませんが、番組の途中では私が中国に来て研究している中日合作のバランスアップ体操「幸せ体操」も披露します。この体操は中国で見つけた身体のツボをたたく体操を基本にした健康体操で、途中で太極拳や気功、京劇などの中国文化的ポーズを取り入れました。放送はラジオなので体操はCRIのホームページでしか見られないそうですが、中国人の仲間２人と一緒に３人トリオで演じます。<br /><br />そんなわけで、毎日氷点下の続く北京ではありますが、熱い毎日を送っています。<br />今、日本、中国、そして世界じゅうで経済危機の不安に包まれていますが、<br />来年は良い年になりますよう、心からお祈りしたいと思います。　<br />皆様よいお年をお迎えください。<br /><br />★番組の案内はCRIの下記ホームページです<br /><a href="http://japanese.cri.cn/781/2008/12/14/Zt1s132042.htm" target="_blank" >http://japanese.cri.cn/781/2008/12/14/Zt1s132042.htm</a><br /><br />▼北京大学内にある未名湖の夏の風景<br /><img src="images/20081228-48-1.jpg" width="400" height="302" border="0" alt="" /><br /><br />▼１２月２８日　現在の未名湖<br /><img src="images/20081228-48-2.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼スケートをする学生達<br /><img src="images/20081228-48-3.jpg" width="400" height="302" border="0" alt="" /><br />]]></description>
			<category></category>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 28 Dec 2008 14:38:14 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.47 「今・北京の公園がオモシロい！」</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry081217-124614</link>
			<description><![CDATA[北京の街もすっかり冬景色になってきました。朝は氷点下になり、宿舎の隣にある池も凍っています。でも、宿舎に入ると、全館暖房が効いていて、予想していたよりも過ごしやすい毎日を送っています。現在は研究調査のまとめに入っていて、毎日取材と原稿書きの連続です。今回は私の研究していることについて少し紹介したいと思います。<br /><br />私が北京の公園にはじめてやって来たのは1991年秋の修学旅行引率でした、その時に訪問したのは景山公園と天壇公園。両公園とも国際的な観光地で、外国人観光客の集る昼の時間帯には健康活動をする人々は現在ほど多くはなかったと思いますが、多くの中高年の人々がダンスやジェンズ等を中心とした健康運動をやっているのを目にして、「中国人はダンスを外の公園でやるんだ！」と驚いた覚えがあります。<br /><br />その後、修学旅行でたびたび北京を訪問する機会があり、公園にも行きましたが、来るたびごとに増えてゆくダンスを行う人々の数に驚き、また活動の種類も増えていることに、中国の中高年の人々の健康への感心の高さと工夫を感じ、いつか北京に来て健康活動の調査をしてみたいと思うようになりました。そして、長年の願いがかない、幸運にも2008年というオリンピック開催の年の北京に来れることになり、激動の北京の街に住みながら健康活動調査を開始しました。<br /><br />中国の健康法を語る上で欠くことのできないものは、長い歴史を持つ中国独特の考え方がすべての根底に流れていると言うことです。中国で行われている健康活動には、中国医学的な「漢方薬」「経絡」「鍼」等の考え方や「気」「太極」等の思想、そして多民族国家特有の多くの民族舞踊と様々な形に枝分かれした武術から来た考え方が、多様な形で見え隠れしています。そして、健康活動の中に中国伝統の考え方を発見することは、私にとってこの研究を進める上での一番の楽しみになっています。日本では中国の健康法と言うと太極拳のイメージを持つ人が多いのですが、実際に見てみると、太極拳だけでなく非常に幅広い活動が行われているのがわかります。そして、どの活動においても人々の明るい笑い声が響いていて、北京の公園は健康活動のアミューズメントパークと言ったところです。<br /><br />今、世界の先進国はどの国も高齢化社会に突入し、高齢者の数が大幅に増えています。日本は世界的に見れば長寿の国ということで平均寿命の長さを誇っていますが、寝たきりになる方も多く、お年寄りの生活の質という面で考えた健康寿命をいかに延ばしてゆくかということが課題だといわれています。また、このことは、人口の多い世代の退職者が増え、一人っ子政策が長く続く中国においても今後同様な課題となってゆくことでしょう。そんな中で、私はこの北京の公園での健康活動を調査することで、人間が年をとっても若々しく元気でいられるための鍵を探し出してみたいと考えました。北京の公園で出会う元気な中高年の人々の健康活動を日本に紹介することで、健康的な生活のための新しいヒントを提供できればと考えています。<br /><br />いつまでも若々しく、元気でありたいというのは、いつの時代も人間の願いであり、夢だと思います。「そんな方法があったら、みんなとっくにやってるよ！」と誰かに怒られてしまいそうですが、私は公園で出合う北京の人々の素顔の中に、その大きなヒントが隠されているような気がしています。<br /> <br />▼公園で毎日行われているエアロビクス　３００人位一緒に踊ります<br /><img src="images/20081217-1.jpg" width="400" height="301" border="0" alt="" /><br /> <br />▼公園ではよくみんなが大合唱しています<br /><img src="images/20081217-2.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼ジェンズのリフティング記録９千回の７２歳の女性<br /><img src="images/20081217-3.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼多彩な「ディアボロ」の技を見せる６０代の女性<br /><img src="images/20081217-4.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /> <br />▼毎日６７ｋｇの錘を身体じゅうに巻きつけて公園にやってくる８２歳の男性は黒い髪の毛が生えてきたといって私に見せてくれました！！<br /><img src="images/20081217-5.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br />]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Wed, 17 Dec 2008 03:46:14 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.46（果物の秋　フルーツ王国中国）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry081025-223741</link>
			<description><![CDATA[今回は久しぶりに北京での生活についてレポートしましょう。暮らし始めて半年も過ぎると、中国の食事にも慣れてきて、どこの何がおいしいかとかもわかり、自分なりの食べ物マップも出来てきます。それでも中華料理は種類が多く、よく行く学生食堂だけでも食べたことのある料理は全メニューの100分の１くらいに感じます。それには、はずれたらどうしようという心配もあり、思い切って新しいメニューを注文できないという理由もあります。そんな中、何を選んでもおいしく食べられるものがフルーツです。<br /><br />4月に北京に到着した日にはじめて食べた、ナシとリンゴがおいしく、それ以来私は果物屋さんによく通うようになりました。北京ではフルーツも非常に沢山の種類が出回っていて、それも季節ごとに種類が変わり、日本では見たこともないフルーツも多いです。北京の果物屋さんに並ぶ数々のフルーツを見ていると、マンゴウやパパイヤなどの南方系のものも各種あり、北の方で採れるリンゴやナシなども混じり、種類が豊富で中国の国土の広さを感じさせてくれます。<br /><br />私の印象ではリンゴやナシは日本よりも小ぶりのものが多く、葡萄は粒の大きなものが多いです。メロンは大小さまざま、沢山の種類があります。夏から最近までずっと売られているスイカに関しては日本でもよく見かける丸くおおきなものが多いようです。今の季節は日本同様果物が豊富な時期で、本当に多くの種類が並んでいます。<br /><br />北京でうれしいことは、これらのフルーツがみなとても安いと言うことです。これはもちろん日本人の私から見てという注釈つきになるかもしれませんが、どれも日本に比べると驚くほどの安さです。夏によく食べたスイカは大きなものでも1個150円。黄色いメロンは一個80円。ブドウは一房40円。マンゴウは小さなもので一個40円。パパイヤは少し高くて1個150円位しますが、それでも日本の5分の１くらいの値段だと思います。<br /><br />北京大学内だけでも果物屋さんは４軒くらいあり、それぞれに特徴がありますが、私の行きつけの店は、いつも笑顔で優しいおばさんのいる店で、買うと必ずおまけに何かくれます。そしてこのおまけでくれるものが私にとってはちょうど試食になっていて、次来たときにはそれを買って帰るというパターンで、食べるフルーツのレパートリーが増えました。そんなわけで、私は毎日このおばさんの罠にははまっているだけかもしれませんが、この果物王国中国のフルーツ食べ歩きチャレンジを楽しんでいます。<br /><br />▼北京大学内の果物屋さん<br /><img src="images/20081025-46-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼夏によく見かけたスイカ売りのトラック　１個１００円〜１５０円<br /><img src="images/20081025-46-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼味はデラウエアのようで大粒なブドウ　　１房　４０円<br /><img src="images/20081025-46-4.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼今でもスイカは売っていて、４分の１の切り売りで５０円<br /><img src="images/20081025-46-6.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼メロン１個とマンゴウ２個で１５０円<br /><img src="images/20081025-46-5.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br />　<br />▼パパイヤの隣の果物は縞模様のはいった恐竜の卵のよう<br /><img src="images/20081025-46-7.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼今日は後ろの大きなザボンを買っておばさんに剥いてもらいました<br />　ザボンは１個８０円<br /><img src="images/20081025-46-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" />]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sat, 25 Oct 2008 13:37:41 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.45（私にとっての北京マラソン）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry081019-235019</link>
			<description><![CDATA[今日は日曜日。私は朝７：３０分に部屋を出て、現在のフィールドワークである公園で行われている健康活動の調査に向かいました。バスを待つこと３０分、いつもはしょっちゅう来るバスが、「今日はなかなか来ないなあ」と思っていたら、混んでるバスがやっと来て、立ちながら揺られること４０分。そろそろ着くかと思った頃にバスの動きがぴたっと止まりました。仕方ないので残りは歩こうと思い、バスを降り歩き始めると、前方で何やら人垣が出来ています。何か暴動でも起きたかと思い恐る恐る近づいてみると、沢山の人々がゼッケンを付けて走っていました。「そうか、今日は北京マラソンなんだ！」陸上競技を専門にしている私としては恥ずかしい話ですが、ここまで来てやっと今日が北京マラソンの開催日であることがわかりました。<br /><br /><img src="images/20081019-45-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />ここしばらく、私はテレビも新聞も見てませんでしたので、北京マラソンの情報は全く知りませんでした。しかし、外国人の私以外の中国人たちもあまり知らなかったらしく、車は大渋滞で、市民ランナーも混じっているので、１，２時間は全く動かないような状況です。日本であれば、事前情報を流し、たて看板を立て、相当遠い範囲から道路規制が行われているはずなのですが、北京では、いきなり車がピタッと止められるという感じで、バスも車もみんな立ち往生しています。私は仕方なく自動車用の陸橋のあるところまで戻り、陸橋の上を歩き、マラソン選手達の走る上を歩いて渡り、目的地である「玉淵タン公園」に向かいました。<br /><br />▼陸橋の上から<br /><img src="images/20081019-45-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />そして歩きながら考えました。中国に来てこのようなことはよくあります。初めのうちは私も「なぜだ」「不親切」「前もって知らせるべき」とか感じてカリカリしていましたが、最近はしなくなりました。それは、「なぜだ」と考えても、誰にも文句も言えないし、言っても状況が変わるわけではないからです。そして、「なぜだ」と思う前に、この状況の中でのベストの方法は何かということを考え、すぐに対応することを心がけるようになりました。すると不思議なことに、そう考えて行動し始めただけで、気持ちが落ち着いてきて、その状況そのものが楽しめるようなってきました。<br /><br />今回も公園に向かう途中で道がわからなくなり、随分遠回りをすることになりました。でも歩く中で沢山の新しい発見がありました。途中では１０ｋｍマラソンの部を走り終えた家族とすれ違い、ちょっと話を聞いていたらゼッケンには日本の会社のスポンサーマークが入っていて仲良くなれました。お父さんの走るのを応援に来た家族の幸せそうな笑顔がとても印象的で、こちらも幸せな気持ちになれました。さらに進んでゆくと、今度は美しい銀杏並木がありました。北京秋天の空の下、銀杏の葉を通る木漏れ陽の中を歩く気分は最高で、写真撮影をする人々にもたくさんすれ違いました。今の季節は銀杏の実もいっぱいだろうと思っていても実は全く落ちてなくて、聞いてみると、多くの人々が早朝から拾い集めに来ているようでした。<br /><br />▼すれ違った幸せそうな家族<br /><img src="images/20081019-45-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />そして、１０時３０分。部屋を出てから３時間が過ぎた頃、私はやっと今日の目的地の「玉淵タン公園」に到着しました。私にとっては、まるで北京マラソンのゴールのようでしたが、公園の入り口からは北京でも有数な広さを持つこの公園で行われている健康活動の調査のスタートになり、「ゴールは通過点に過ぎない」という格言を、私はしみじみと肌で感じることになりました。<br /><br />▼１ｋｍくらい続く銀杏並木<br /><img src="images/20081019-45-4.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />▼玉淵タン公園にある広大な湖<br /><img src="images/20081019-45-5.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" />]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 19 Oct 2008 14:50:19 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.44（北京の中高年パワーはすごい！！）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry081005-232248</link>
			<description><![CDATA[北京に住む私たちにとっては暦の期間以上に長かった2008年の夏も終わり、北京には秋の青空が広がり朝晩はぐっと冷え込んできました。そんな先週の日曜日、私にとってオリンピック同様にワクワクして待ち望んでいたイベントがありました。かねてから練習を積んできた、可楽球チームの一員として「第11回北京市中高年健康パフォーマンス大会」に出場することが出来たのです。<br /><br />人口1700万人、四国の広さを持つ大都市である北京の各地から集った中高年が日ごろ行っている健康活動の発表会は年に一回開催されていて、今回で11回目だそうです。北京中からえりすぐられた中高年の健康活動チームが日ごろの技を競い合うこの大会の参加チームは全部で64チーム。参加者だけで1200人集る大イベントでした。午前の部は「ダンスの部」と中国で近年開発された新しい健康運動の「柔力球の部」。午後は太極拳などの武術とチアダンスと雑技系運動が一部門にまとめられ開催されました。<br /><br />午前のダンスの部では56の民族からなる中国の奥の深さをまざまざと見せられるような踊りと衣装に魅了されました。また、大きな太鼓やファッションショー、ヒップホップダンスなど若者に引けを取らない動きも見事で、健康活動そのもののバラエティーの豊富さと衣装の派手さは圧巻でした。<br /><br /><img src="images/20081005-44-1.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20081005-44-2.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20081005-44-3.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20081005-44-4.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20081005-44-5.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20081005-44-6.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />そして午後の部。いよいよ可楽球の発表です。私たちはスタート前に体育館の外で3回くらい通し練習をして本番に臨みました。私たちの演技は、この2ヶ月間教えてもらってきた元北京体育大学の先生の厳しい指導のおかげで、スタートからフィニッシュまで全体がうまく構成され、一糸乱れぬ動きになってきていました。そしていよいよ本番を迎えるに当たって、先生は「なかなかいいわよ！」「大丈夫。大丈夫。」と優しく私たちを送り出してくれました。<br /><br />そして、私たちの順番がやってきました。曲は56の民族で構成された中国人の愛国心を歌った曲「愛我中華！」。私たちのチーム23人はイントロからいつもの決められたパターンを全員一緒にシンクロしながらこなして行きました。そして一番難しい横へのオーバーヘッドキックも綺麗に決まり、スタンドからは拍手が沸きました。そして、最後はみんなの掛け声「ヘイ！！」で終了。可楽球は自分ではボールを蹴っているのに集中しているため、周囲のことはよくはわからないのですが、スタンドの雰囲気でみんながうまくできたのがわかりました。<br /><br />終わってからのなんともいえない達成感、中国人の仲間たちとの心のふれあいが本当に嬉しく感じられました。私は北京に来る前になんとなくこのような大会に出られたらいいなあと思ってはいましたが、それが現実になるとは予想していなかったので北京に来てまた一つ夢が叶ったと思いました。結局チームは上位から５、６番目の優秀賞に選ばれ、仲間も大喜び。もらったトロフィーをみんなで回しながら写真を撮り合いました。<br /><br /><img src="images/20081005-44-7.JPG" width="500" height="334" border="0" alt="" /><br /><br />大会にはＣＲＩの王小燕さんも取材に来てくれて、演技後、王さんから「今日は全く中国人になりきってましたよ！」と言われました。4月に来てから慣れない中国語の中、北京の人の波に溺れそうになりながら生きている私にとって、王さんの一言は「自分もなんとか泳げているんだ」ということが実感できる、とてもありがたい一言でした。<br /><br /><b>＊この大会の模様はＣＲＩの以下のページでも紹介されています。</b><br />写真と記事　　<a href="http://japanese.cri.cn/81/2008/09/29/1s127239.htm" target="_blank" >http://japanese.cri.cn/81/2008/09/29/1s127239.htm</a><br />ラジオ番組　　<a href="http://japanese.cri.cn/341/2008/10/01/1s127279.htm" target="_blank" >http://japanese.cri.cn/341/2008/10/01/1s127279.htm</a><br />]]></description>
			<category></category>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 05 Oct 2008 14:22:48 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.43（北京から　幸福の発信）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080924-121042</link>
			<description><![CDATA[２００８年夏、私は北京で驚きと感動であふれた素晴らしいドラマを見せていただきました。オリンピックとパラリンピック、２つの大会運営での五輪組織委員会の献身的な努力。交通規制、煙を出す工場の操業停止、安全チェック等の市民の我慢。中国という国、そして北京に集ったすべての人々のベクトルを、この２つの大会に向け集中させ、感動のドラマに結びつけた中国政府の持つパワーに私は圧倒されました。<br /><br />五輪が始まり、驚きの開会式から、選手達が演じた多くの名勝負と好記録の誕生に沸く一般市民、ボランティア、外国人観光客、北京はどこに行っても明るい笑顔であふれました。オリンピック以上の盛り上がりとなったパラリンピック。車椅子リレーで中国が優勝した瞬間、超満員の歓声で鳥の巣全体が大きく揺れ、私の魂もゆさぶられました。<br /><br />北京に長く住む人から見ても、この五輪期間での外国人への暖かな対応の変化は驚くほどのようで、街のあちこちで聴かれた五輪ソング「北京はあなたを歓迎している」の歌詞の通りに、世界からの来客をもてなしている心暖まる風景があちこちに見られました。そこには、世界から最も注目されている街の人々の行動は、模範的でなければいけないという北京市民の心意気が常に感じられました。<br /><br /><img src="images/20080924-43-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />パラリンピックの時にオリンピック公園で見かけたたくさんの中国人家族。嬉しそうに写真を撮りあう人々の幸せそうな笑顔が、今でも目に焼きついています。中国の人々がこの大会開催を通じて体験した満足感は、これからの中国全体の発展を今までとはまた違った方向へと導くような気がしています。北京に来た多くの外国人もこの大会を通じて中国人の素顔にふれることができ、感謝の気持ちをもって母国に帰って行ったと思います。<br /><br /><img src="images/20080924-43-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />世界の中での中国情勢はこれから先も様々に変化してゆくと思います。でもそんな中で、２００８年夏、北京から発信された幸福の種が、タンポポの綿毛のように世界中に広がり、いつか美しい平和の花を咲かせてくれることを、私は心から祈っています。<br /><br /><img src="images/20080924-43-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
			<category></category>
			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080924-121042</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Wed, 24 Sep 2008 03:10:42 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.42（パラリンピック　義足の進歩と選手の努力）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080917-211050</link>
			<description><![CDATA[鳥の巣で鈴木選手の応援の時に私の隣の席で一緒に応援した春田さんは鈴木選手と同様片足義足の短距離選手でした。１００ｍを12秒５で走る春田さんは、今回の北京パラリンピックには惜しくも出場なりませんでしたが、私に競技用の義足やパラリンピックの競技会について語ってくれました。<br /><br />春田さんはもともとスポーツマンで、膝から下を失った後も、スキーも普通に楽しめるぐらいになっていましたが、臼井さんから競技用の義足があることを知り、陸上競技を始めたそうです。<br /><br /><img src="images/20080917-42-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20080917-42-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />写真は春田さんが普段つけている義足で重さは２．５Ｋｇあり、結構重いです。製作者の臼井さんの話では、人間の足だとこの部分で５Ｋｇはあるそうで、足よりは軽いそうですが、筋肉がないので使う人にとっては相当重く感じるでしょう。春田さんはこれを装着したての頃は棒のように感じたそうですが、今では足の大きさの感覚もあるほどで、話を聞きながら私は人間の感覚の回復の素晴らしさに感心しました。<br /><br />走る時には鈴木選手と同様のグラスファイバーで出来た特殊な義足に代えるそうです。その価格は80万円くらいするそうですが、補助金もあるそうです。しかし、驚いたことに今話題の南アフリカのピストリウス選手の装着している義足は数百万円するそうです。臼井さんの話だと、彼は膝から下の骨が長く残っているようで、強力な力を発揮できるのではと言うことでした。いずれにせよ、選手達は競技用を装着する時にはあのバネのような構造の反発をうまく使えるように工夫し、その動きが身につくには相当の努力と時間が必要だということです。<br /><br />義足での生活は、慣れてくると日常生活にはほとんど支障はなくなってくるようです。しかし、足の裏のように柔らかく対応できないので、石が一つ転がっているだけで、踏んだ時にそれが支点になりバランスを崩すことがあるそうです。お話を聞いていると、隣に座っていた理学療法士をされている奥様も話しに加わってくれ、リハビリの方法や今後必要な用具などについても話をしてもらえ、とても勉強になりました。<br /><br />オリンピック、パラリンピックともに日本のメディアはメダルの数を中心に報道しているようですが、中国のメディアはその背景にある技術やルール、歴史等を時間をかけて放送しています。特にパラリンピックについての報道はとても多く、毎日生放送と録画でほとんどの種目を伝え、車椅子をこぐときの有効な力の入れ方なども細かく解説しています。このような、地道な報道も各スタジアムを満員にして盛り上げることにつながっていると思います。<br /><br />話を聞きながら、私はコーチの皆さんと選手との関係はオリンピック以上にパラリンピックは暖かいと感じました。選手たちがひのき舞台で最高のパフォーマンスを発揮できるように支え、その支えを全身で感じ、全力でがんばる選手達。それを見守り応援する家族や職場の皆さん。パラリンピックの日本チーム応援席はスポーツの本来持つ素朴で純粋な心で満たされた素晴らしい空間でした。皆さんの話を聞く中で、私自身もいつかパラリンピックのアスリートを支えるような研究をしてみたくなりました。<br /><br />写真　左が春田さん　右が臼井さん<br /><img src="images/20080917-42-3.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
			<category></category>
			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080917-211050</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Wed, 17 Sep 2008 12:10:50 GMT</pubDate>
		</item>
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			<title>北京レポート No.41（パラリンピック　鳥の巣が揺れた　鈴木徹選手感動のジャンプ！）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080917-210523</link>
			<description><![CDATA[私がパラリンピックで一番楽しみにしていた種目はなんと言っても陸上男子走り高跳び。日本選手団の旗手を務めた片足義足のジャンパーで、2ｍの自己記録を持つ鈴木徹選手を見てみたいとずっと思っていました。片足義足で２ｍ以上を跳んだ選手は世界で2人だけでその一人が鈴木選手です。私自身も専門にしていた種目で、鈴木選手の苦労が想像できるだけに、ぜひ応援したいと思っていました。<br /><br />鈴木選手のコーチの福間博樹先生は私の学生時代からの友人で、走り高跳びで日本新記録を出した選手を2名育てた日本一の走り高跳びコーチです。私たちは久しぶりに北京で会い、観光をしながら楽しく語り合い、オリンピック公園に向かいました。試合前のサブトラックで、金網越しにスタート前の鈴木選手に福間先生が声をかけると、鈴木選手は輝くような精悍な表情で「今日はいいと思います！」と答えていました。ワクワクしながら鳥の巣に入ると、スタンドの前列には日本選手団が陣取っていて、私たちも中に座らせてもらい、一緒に盛り上がりました。<br /><br />そして、競技開始。鈴木選手は１ｍ８１からの登場で、この高さは一回目で難なくクリアー。続く高さもクリアーして行き、１ｍ９０の高さにバーは上がりました。一回目リズムを崩してジャンプにならず、2回目は僅かに触れる惜しい失敗で最後の一回のチャンスに追い込まれてしまいました。スタンドからは山梨の実家から駆けつけたご両親、奥様も小さな息子さんを抱き祈るような表情で見守ります。<br /><br />そして、運命の3回目。鈴木選手がリズミカルな助走からポンと踏み切ると、身体は見事な放物線を描き、バーのはるか上を越えて行きクリアー！！スタンドからは大歓声が上がります。福間先生も大きく手を上げガッツポーズ。鈴木選手へジェスチャーで次の高さへの指示を出しました。今日の鳥の巣もスタンドは超満員の9万人。その中を車椅子リレーで中国チームが先頭を走り優勝。場内割れんばかりの拍手と歓声に鳥の巣がゆれました。ウエーブもそこかしこ起こり、雰囲気はオリンピックを越えるほどの盛り上がりです。<br /><br />鈴木選手の試合の合間、私は後ろの席に座っていた日本チームの義肢装具製作者として有名な臼井さんにパラリンピックの難しさについてお話を伺っていました。同じ片足といっても膝がなければ運動制限が大きくあること、そして膝から下の骨が何センチ残っているかでも動きは大きく違うこと、現状のルールでは腕のない人と足のない人が同じ分類にされるので、高跳びの場合には義足の人が不利であること等の話を興味深く聞きました。話を聞きながら見ていると、確かに義足で１ｍ９０を跳んだ選手は鈴木選手と身長の高いアメリカの選手だけで、他の選手は片腕に支障のある選手ばかりでした。鈴木選手は膝から下の骨が短いため、やわかなゴムで包むようにして空気を逃がして義足を着けるのですが、夏は汗で滑ることも多く苦労するそうです。<br /><br /><img src="images/20080917-41-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />バーは上がり、１ｍ９３。鈴木選手は滑らかな助走から、さきほどの跳躍を再現するかのように見事なジャンプでこの高さをクリアー！！　スタンドも大きく沸き、日の丸の小旗も振られました。そしてバーは１ｍ９６の高さへ。鈴木選手の今年のベスト記録は１ｍ９５でそれを超える高さです。1回目は義足のアメリカ選手と片腕のオーストラリアの選手がクリアー。鈴木選手は失敗。メダル争いは片腕の中国選手2名と鈴木選手に絞られたようです。そして、2回目に中国の一人の選手がクリアー。鈴木選手は僅かに触れる惜しい跳躍でしたが、２，３回目と失敗し、惜しくもメダルを逃しました。<br /><br />優勝したアメリカの選手は、義足の世界記録２ｍ１１ｃｍをクリアーし、大歓声のうちに試合が終わりました。鈴木選手が今回クリアーした高さは１ｍ９３。アテネ大会の時の記録を９ｃｍ上回りましたが順位は5位で、臼井さんによると今回の北京パラリンピックは非常にレベルが高いということでした。優勝した選手の身長は１ｍ９５で、頭上１６ｃｍをクリアーしました。鈴木選手の身長は１ｍ７８で今回は頭上１５ｃｍのクリアーでしたが、鈴木選手は北京のひのき舞台で世界一の技術を示してくれたと思います。<br /><br />鳥の巣を出る時、私は福間先生とがっちり握手しました。福間先生は「北京に応援に来てよかった！」と笑顔で私の手を強く握ってくれました。私たちはスポーツがもたらしてくれる、順位や記録とは違った意味でのさわやかな感動を味わっていました。「支援してくれている方々への感謝の気持ちを自分のジャンプで表したい」と話す好青年の鈴木選手があの1ｍ90の3回目。追い込まれた中で見せてくれた目の覚めるような素晴らしい跳躍は、この北京へ賭けた4年間の鈴木選手の思いと応援に来ていたご家族、そして指導している福間先生の気持ちがぴったりとかみ合った本当に素晴らしいジャンプでした。<br /><br /><img src="images/20080917-41-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />最後の写真　左から義肢装具製作の臼井さん、鈴木選手、奥様と息子さんです<br /><br /><img src="images/20080917-41-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080917-210523</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Wed, 17 Sep 2008 12:05:23 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.40（パラリンピック・テニス「中国！加油！応援団」に大人の対応）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080916-070000</link>
			<description><![CDATA[運よくチケットがもらえ、車椅子テニスを観戦に行きました。車椅子テニスのルールはコートの広さや得点方法は通常のテニスと一緒ですが、２バウンドしたボールまで打ち返せるというところだけが違います。テニス会場はスタンド付きで試合のできるコートが１０面ほどあり、男女のシングルスやダブルスが、各コートに分かれて行われていました。私が最初に向かったのは一番大きくて屋根のあるセンターコートで、ちょうど女子シングルスでアメリカ対ベルギーの選手の勝負でした。<br /><br />アメリカの選手はベテランで落ち着きがあり、淡々とプレーをしていましたが、ベルギーの選手は若くてとても逞しく、気迫を表に出してパワフルにボールを打っていました。車椅子テニス専用の車椅子は前後にも小さなキャスターがあり、相当大きな力でラケットを振り回しても、倒れないような設計でしたが、ベルギーの選手はその中でも車椅子から飛び出るくらいにパワフルなスイングをしていました。<br /><br /><img src="images/20080916-40-1.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20080916-40-2.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />試合は第一セットをベルギーの選手が簡単に取りましたが、次のセットはアメリカの選手が作戦を変えてきたようで、セットを奪い返し、フルセットに入りました。最終セットに入るとベルギーの選手がミスするたびに、自分のプレーに納得がいかないようで少し落ち着きがなくなってきました。すると、アメリカの選手が軽い返球で相手を翻弄するようなプレーを見せはじめ、完全にペースをつかみ、勝利しました。傍目から見ると、ベルギーの選手の方が実力はあるように思えましたが、ベテランの落ち着いたプレーの前に新鋭が倒れるという形になりました。この二人の勝負はとてもレベルの高い心理戦のように思えました。<br /><br /><img src="images/20080916-40-4.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20080916-40-5.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20080916-40-6.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />外のコートに出ると、ちょうど日本選手のダブルスの試合をやっていて応援することができました。<br />藤本選手と池の谷選手のペアが、ブラジルペアを２対１で下し、勝ち進みましたが、間近に見る二人のプレーは迫力があり、普通に私が対戦しても勝ち目はないと思いました。応援団とコーチの皆さんの笑顔が印象的でした。<br /><br /><img src="images/20080916-40-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />センターコートに戻ると、男子ダブルス、アメリカ対地元中国でした。スタンドにはおなじみになった「中国、加油。応援団」がそろいの黄色いシャツに身を包み「中国！加油！！」の掛け声を飛ばし入場を待ちました。すると大歓声の中入場してきたアメリカの選手が中国の旗を振り、ボールをスタンドに２つ３つ打ち込みました。そのパフォーマンスにスタンドはさらに盛り上がりました。私はアメリカの選手の「中国！加油！応援団」に対するパフォーマンスをとても大人の対応だと感じました。彼らは過去の２回のパラリンピックでメダルを取っているベテランで、対する中国ペアは初出場ですが若く、相当練習を積んで来ている強豪です。アメリカペアは地元の応援がすごいことは十分解っています。そんな雰囲気の中でのこのパフォーマンスは、地元中国への応援を嫌がるのではなく、彼らの応援も自分達への見方にもしようというプラス思考の余裕が感じられ、「皆さんありがとう」「この試合を一緒に楽しもうじゃありませんか。」という強いメッセージを感じました。<br /><br /><img src="images/20080916-40-7.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />試合はこれも白熱した勝負になり、フルセットにもつれ込みましたが、最後はアメリカペアの老練な技が光り、中国ペアを下しました。試合後アメリカペアは再びボールをスタンドに打ち込み歓声に答え、中国ペアも持っていたタオルをスタンドに投げ入れ、観衆も大喜び。センターコートは盛り上がりのうちにこの日の日程を終了しました。<br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080916-070000</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Mon, 15 Sep 2008 22:00:00 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.39（パラリンピック卓球　ベストを尽くすことの意味）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080911-171046</link>
			<description><![CDATA[昨日は初めてのパラリンピック観戦で、卓球を見に行きました。４月に来て以来、近くていつも通りがかっていたものの、中に入ることは出来なかった北京大学の体育館にやっと入ることが出来、入れただけでも、ワクワクしましたが、試合を観戦してそのワクワク感は、予想をはるかに超えた感動に変わりました。<br /><br /><img src="images/20080911-39-1.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />試合は午前の部でまだ予選ラウンドでしたが、場内の席は８割は埋まっていて第一試合から盛り上がっています。場内にはコートが８コートあり、それぞれのコートにはパラリンピックならではの異なった障害を持つ選手達が、障害の程度別に振り分けられて試合をします。私の席の前のコートは車椅子の女子選手で、ドイツ対スロベニアの勝負。車椅子卓球は利き腕でラケットを持ちながら、反対の腕で常に車椅子を微妙にコントロールして打ち合います。見ていると、前後左右に来るボールに対してうまく手を出していて、見事なラリーの応酬です。<br /><br /><img src="images/20080911-39-2.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />試合の方はセットの取り合いになり、フルセットにもつれ込む白熱の戦い。ドイツの選手が落ち着いた雰囲気で淡々と試合を進めるのに対して、スロベニアの選手は一球一球に気合を入れて、感情を表に出すタイプです。選手同士も真剣ににらみ合い、すごい闘志で見ている私たちも思わず力が入ります。最後にはスロベニアの選手が勝ちましたが、試合終了後は両選手握手を交わし、お互いの健闘を称えあいました。スロベニアの選手の勝利の時の喜びの表情は素敵で、国旗を広げながらコーチと抱き合う姿に大きな拍手が沸きました。<br /><br /><img src="images/20080911-39-3.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20080911-39-4.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />次の試合は、車椅子ではなくお互いに立って歩ける人同士の試合でした。とはいえ、ロシアの選手は背中に大きなこぶがあり、動作をするのに大きな障害がありそうでしたし、オランダの選手は杖を突きながら苦しい歩き方で入場してきました。ところが、試合が始まるとオランダの選手は杖を床に置き、立って打ち始めました。普通に立っているだけでもバランスを崩した状態なので、その姿勢から動くことがどんなに大変なものかは想像できました。<br /><br />試合はロシアの選手が簡単に一セットを取り、やっぱりオランダの選手に勝ち目はないかと思っていたら、２セット目から反撃し、２、３セットを取り返しました。バランスを崩しながらも来たボールに対して素早く反応し、時にはダイビングしてまで返球し、床に座った状態からも打ち返す、彼女のファイトに見ている人々は感動し、一球一球に大きな拍手が沸きました。「ケリー」「ケリー」私の横の席のオランダ応援団から大きな声がかかり、彼女の名前がケリーであることがわかり、見ている中国人達も一緒になって「ケリー」「ケリー」の大声援を送ります。<br /><br />試合はフルセットに入る激戦になり、ロシアの選手が冷静な試合運びで逆転し、ケリー選手は健闘むなしく敗れました。私たちは両選手に大きな拍手を送り、その拍手は試合終了後もしばらく鳴り止みませんでした。ベンチに戻ったケリー選手はコーチに抱かれずっと泣き続け、２人はコートの端のベンチに座り、誰もいなくなったコートをずっと見つめていました。<br /><br />この試合を観戦しながら、私は涙があふれて止まりませんでした。自分の持っている能力を極限まで出そうとする選手達の素晴らしい闘志は、人間として生きる原点が何かを思い起こさせてくれました。それは、オリンピックにもパラリンピックにも、さらには私たちが普段目にしている子供たちのスポーツや生活の中にも共通する本当に尊いものなのだということを改めて感じさせてくれました。<br /><br /><img src="images/20080911-39-5.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" />　<img src="images/20080911-39-6.JPG" width="250" height="188" border="0" alt="" /><br /><br />観戦後、呆然として体育館を出ると、体育館の外で偶然にもケリー選手に出会いました。彼女は車椅子にすわり、ご両親の腕の中でまだ泣いていました。私は思わず駆け寄り、「試合に感動しました！」と伝えましたが、それ以上は言葉になりませんでした。一緒に写真を撮ってもらい、最後に「次のパラリンピックがんばって！」と伝えたらみんなで微笑んでくれました。<br /><br />私は、体育館を後にしながらケリー選手とご両親が最後に微笑んでくれたことの意味を考えました。もしかしたら、ケリー選手は障害が悪化し、卓球が出来なくなってしまうかもしれない。次のパラリンピックのことは考えられないのかもしれない。そんな中でも私に微笑を返してくれたケリーさんからは、「どんなことがあっても、私はずっとベストを尽くして生きてゆく」という強い思いが伝わってきて、再び胸が一杯になりました。<br /><br /><img src="images/20080911-39-7.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />写真オレンジのシャツがオランダのケリー選手で、車椅子の写真はご両親と一緒のものです。<br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Thu, 11 Sep 2008 08:10:46 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.38（感動のパラリンピック開会式）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080907-215546</link>
			<description><![CDATA[昨日はパラリンピックの開会式をテレビで見ました。３時間を越える素晴らしい表演の連続は、オリンピックにひけをとらない、いやそれ以上の感動でした。超満員の観客で埋め尽くされスタジアムの中で行われた一つ一つの表演は、何らかの障害を持つパラリンピック参加者と同様な障害を持つ中国人の出演者がバレエやピアノ、踊り、歌等でパラリンピック開幕の喜びを表現していて、平和の大切さを伝える奥の深い演出に圧倒されました。<br /><br />中でも、聴覚障害を持つ女性ダンサーが両腕にバレエシューズを着けて行う踊りの中、四川大地震で片足を失った少女が車椅子の上で演じる表演には心を打たれました。音楽が聴こえない中、ダンサー達の四方を囲む女性コンダクターの手の合図に合わせて一糸乱れぬ一連の動作を行う女性たちには、この演技のために大変な練習を積んできたのだと感じました。そして、音が聞こえなくとも心は伝えられるというメッセージを強く感じました。クライマックスシーンでは男性ダンサーが車椅子の少女をリフトし、少女が身体を支えられて身体を伸ばして美しく舞いました。私はこの演出が、地震被害を受けた多くの人々への中国の国としてのメッセージを象徴するものに思えました。<br /><br />また、盲目の舞台中央のピアニストが奏でる曲に乗って舞台の周囲を囲む大きな円から中国の四季を表現する花や麦の穂が次々と飛び出してくる演出は幻想的でした。そして、私が感心したのは、舞台の後方でずっと一人で公園風のベンチに座っていた普通のおばあちゃんが、演奏後にこのピアニストを抱きしめるシーンでした。このシーンは、目で見ることは出来ない「心」のあたたかさを見事に表現していて印象に残りました。<br /><br />ラストの聖火点火は、６６ｍある鳥の巣の天井まで車椅子ごと自力でロープを引っ張りあげて点火するという、これもオリンピック同様の大変力が必要で、苦労が必要な点火方法。途中で息が切れて何度も呼吸を整えながら、必死に点火地点に向かう最終点火者を見て、思わず「加油！」って応援しました。この演出には、障害を持ちながらも自力で逞しく生きて行かねばならないという強いメッセージが感じられ、これにも見ていて胸が一杯になりました。<br /><br />北京オリンピックの開会式については日本や欧米でもお金をかけ過ぎると言う意見もあり、このパラリンピックの開会式も派手すぎると思う人もいるかもしれませんが、元来中国人はここぞという晴れの舞台の時には衣装が派手です。中国のテレビでよく流れている各種の音楽祭やカンフーのショーもみんな舞台が大掛かりです。これについては日本のねぶた祭りやアメリカのローズパレードのフロートと同じ感覚なのかもしれません。なので、「世界中の人が集まる開会式だから、これぐらいのことをして歓迎しなければ。」という中国政府の強い意気込みに加え、その演出に雑技的な内容も加えていることに、いかにも「中国らしいアピール」というものを今回も感じました。<br />　<br />前回のコラムで書いた「中国人はオリンピックでしたことと同じレベルのことをパラリンピックでも見せてくれる。」と言う予想通りの展開。さらに、開会式全体に「暖かな心のふれあいと助け合いの精神」というテーマが流れていて、私はテレビを見ながら思わず涙が出ました。この開会式は日本にすべての映像が流れないかもしれませんが、本当に見事でDVDが発売されたらぜひ買って帰ろうと思っています。<br />　<br /><img src="images/20080907-38-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080907-215546</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 12:55:46 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.37（北京パラリンピック　盛り上がりの予感！）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080905-182152</link>
			<description><![CDATA[北京五輪が終了してから１２日が過ぎました。そして明日から、いよいよパラリンピックが始まります。その間も地下鉄の安全検査はずっと続いていましたが、オリンピックが大いに盛り上がっただけに、北京の人々もちょっと一息ついたところでした。ボランティアの人々の姿も、再び街のあちこちに見られるようになり、６日の開会式を前にスタンバイの状態になってきました。<br /><br /><img src="images/20080905-37-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20080905-37-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />私は北京で暮らすようになり、中国社会で生きてゆく中、オリンピック以上にパラリンピックに注目していました。それは、中国でのマスコミ報道を見たり、中国の人々と触れ合う中で感じる体験から、北京パラリンピックがとても盛り上がる大会になると思っているからです。私がそのように予想するのには次の３つの理由が挙げられます。<br /><br /><b>１　中国の人々の優しさと平等意識</b><br />北京生活の中でバスに乗るとよく目にするのは、お年寄りが乗り込むと、若い人がさっと席を譲る習慣です。中国ではお年寄りや弱者をいたわろうという光景はよく目にするもので、街を歩いていてもおじいちゃんおばあちゃんを大切にし、子供が大好きな中国の人々の優しさを感じることが多いです。また、社会主義国家の歴史の中から培われてきた平等の精神も強く、「オリンピックでしたことはすべて、パラリンピックでも同様にしよう」という心持ちが強くうかがえます。ボランティアや専用バスも五輪同様に配置され、もちろん安全チェックも厳しく行われるようです。パラリンピックは五輪よりも参加者が少ないので、数は縮小される部分もあると思いますが、パラリンピックを迎える北京の人々の心はオリンピックの時と同じものになると感じています。<br /><br /><b>２　マスコミの大きな扱い</b><br />中国ではテレビはすべて国営なので、番組の扱いの大きさは国で決められるためか、五輪が終了してからのテレビCMには、パラリンピック関連のものが圧倒的に増えました。私がよく目にするのは、目の見えない男子走り幅跳び選手のジャンプシーンです。これは、専門の陸上競技なので、特に興味深いのですが、コーチが踏み切り板横で拍手をしている方向へ向かって勢いよく選手がスタートし、スピードに乗った助走から力強い踏み切り、そして見事な空中姿勢で放物線を描いてゆきます。目が見えない暗闇の中で、すごいスピードで跳び出してゆく選手の恐怖感を想像しながら、私はいつも感動して見ています。<br /><br />また、五輪ソングの「Everyone is No1」という歌に乗って流れる短編映画もなかなか素晴らしいものです。人気スターの劉徳華出演で、陸上競技で一流選手の郵便配達員が交通事故に遭い、片足を切断し、一時は自暴自棄になりながらも立ち直り、リハビリに集中し回復。同様な試練を受けた少年を励ましながら片足に義足をつけて競技会に出場するまでのストーリーが、わずか１０分くらいで感動的に描かれています。バスや地下鉄で流れるニュースもパラリンピック関連が多く、大会が始まって以降もマスコミ報道はさらに増え、大会を大いに盛り上げるのではないかと思っています。<br /><br /><b>３　競技観戦者の多さ</b><br />私の中国人の友人で北京五輪を実際の競技場で見られた人は、ほとんどいませんでした。水立方や鳥の巣のあるオリンピック公園にも入場券が必要だったので、ほとんどの人はテレビで観戦するだけのようでした。オリンピックチケットは入手が難しく、特に鳥の巣で行われた陸上競技チケットは値段も中国の物価にしては高かったので、庶民にとって北京オリンピックはテレビで見るものだったようです。なので、五輪施設に入ってみたいという要望は強く、北京大学前のチケット売り場にも人が集まってきていて、パラリンピックには中国人の多くの入場者が予想されます。また、政府もパラリンピックの教育的な価値の大きさから、３０万枚のチケットを子供達の見学用に提供するということです。チケットはスポンサーや外国人向けの割り当ても多いので、競技場がすべて満員になることは難しいかも知れませんが、北京パラリンピックは過去のパラリンピック以上に大観衆の声援に包まれて、競技運営されてゆくのではないかと私は予想しています。<br /><br />というわけで、私はこれから始まる北京パラリンピックをとても楽しみにしています。<br /><br /><img src="images/20080905-37-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080905-182152</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 09:21:52 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.36（北京五輪・英雄達の残像）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080831-223738</link>
			<description><![CDATA[<center><img src="images/20080831-36-1.JPG" width="200" height="150" border="0" alt="" /> <img src="images/20080831-36-2.JPG" width="200" height="150" border="0" alt="" /> </center><br />今日は久しぶりにテレビをつけてみました。オリンピック期間は毎日ずっと各競技の様子を映し出していたテレビの番組も、閉会式後１週間となり通常番組に戻っていました。そんな中、スポーツ専門チャンネルでは開会式の録画をまだ流していて、地元北京育ちで卓球に出場した張怡寧選手の宣誓シーンを見て、「張選手、優勝できてよかったなあ」と改めて思いながら、少し眺めてからチャンネルを回しました。<br /><br />すると次のチャンネルでは、現在香港で行われている五輪メダリストの演技会の様子が生中継されていました。そこには、体操の楊威選手、李小鵬選手、飛び込みの郭晶晶選手をはじめ、卓球、バドミントン等北京五輪で大活躍した中国のメダリスト、スーパースター達が次々に映し出されていました。中継は香港市内の各会場で行われている演技会を、飛び込みプール、体操体育館、バドミントン場、卓球場と４元中継で結ぶ大掛かりなものでした。<br />　<br />どの演技会場も、憧れのスーパースターを一目見ようと満員のお客さんでいっぱい。その中で、注目を一身に浴びて交代で演技する選手達。彼らはみな、オリンピックとは違ったリラックスしたムードが感じられるものの、オリンピックそのままの中国代表チームのユニフォームを着て、それぞれの専門種目をこなしていました。体操選手は吊り輪の演技で力技を、飛び込み選手は飛び込みを、卓球やバドミントンの選手は選手同士が互いに打ち合う技を、きちんと披露していました。私はその演技会を見ながらとても感心し、驚きました。<br /><br />体操の李小鵬選手などは、どこか痛そうで途中で演技をやめ、肩のあたりをさすりながら苦しそうな顔を見せましたが、楊威選手がもうちょっとがんばれというようなことを言って、改めて演技をしたりして、五輪後の疲れを引きずりながらの懸命な演技でした。私はテレビを見ながら、選手達にそこまでやらせなくても、と思いました。日本であれば、オリンピック直後のメダリストを迎える会は講演会や歓迎会が主だと思います。五輪後間もない疲れの残る選手達を、遠い香港に集めることは、スポンサーや出演料の関係もあるのかもしれませんが、さらに演技をさせようというような発想は、日本では考えられないことなのではないでしょうか。<br /><br />香港の演技会の中継が終わりチャンネルを戻すと、開会式の録画番組はちょうどクライマックスの聖火のシーンになっていました。最終点火者の李寧氏が空中高く引き上げられ、鳥の巣の壁に写された絵巻の中を走る様は何度見ても驚きです。改めて見ると、李寧氏は空中で身体を横に傾けながら、走るシルエットを意識した苦しい姿勢のフォームを懸命に続けていました。<br /><br />李寧氏は１９８４年のロスアンゼルス五輪の体操金メダリストで、中国の誇る英雄です。大会後自分の名前を冠した会社を起こし、現在は中国を代表するスポーツメーカーの最高責任者。日本であれば、M社かA社の創業社長です。その英雄に、巨大な鳥の巣スタジアムの天井で、年齢的にも危険を伴うようなパフォーマンスをさせる。私はこの演出に、中国人独特のダイナミズムと奇想天外な発想の迫力を改めて感じました。<br /><br />北京五輪で輝いた中国の英雄達の残像は、吹き替えなしのアクション映画で活躍する香港出身の大スター、ジャッキー・チェンの姿を思い起こさせるもので、中国の中で英雄として生きてゆくことに必要なものを、私は垣間見たような気がしました。<br /><br /><img src="images/20080831-36-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080831-223738</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Sun, 31 Aug 2008 13:37:38 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.35（北京五輪に思う　その３　記録ラッシュ）</title>
			<link>http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080829-092120</link>
			<description><![CDATA[<center><img src="images/20080829-35-1.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /> <img src="images/20080829-35-2.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /> <img src="images/20080829-35-3.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /></center><br />北京五輪は最新の施設が完備され、選手が競技するための環境が良かったという点でもここ数回の五輪の中でも際立っていたのではないかと思います。それは、水深が深く、最適な温度に調整された競泳用プール「水立方」の中で出された数々の新記録や、鳥の巣と呼ばれる国家体育場で打ち立てられた驚異的な世界記録によってもわかります。<br /><br />競泳の世界記録の場合には最新のスピード社の水着「レーザー・レーサー」の着用による記録の短縮もあるかと思いますが、陸上競技の記録の場合には鳥の巣の競技場の設計や設備、そして気温の影響があげられると思います。<br /><br />私がまだ日本にいる頃、北京五輪の気候についての日本での報道は、「北京五輪の時期は日本と同様かそれを超える残暑」というものでした。４月から北京に住むようになり、一番先に感じたことは湿度が低いということ。部屋に干しておいた洗濯物が１晩で乾くような湿度の低さで、のどをやられそうな気もしました。そして、夏が近づくにつれて日差しが強くなり、日陰は日本よりも涼しく、湿度の低さが感じられるものの、７月後半になると日本同様の真夏でした。<br /><br />ところが、開会式の頃を境にして夕方から少し涼しくなってきました。そして、１５日を過ぎ、ちょうど陸上競技が始まる頃になると、夕方の雰囲気が日本の９月初旬のような感覚になってきました。ちょうどその頃私は、アナウンサーのTさんに面白い話を聞いていました。「日本の旧暦はもともと中国の暦のため、日本では季節の変わり目の時期がずれ、暦の上では秋ですがまだまだ暑い今日この頃、とかよく言うけど、北京ではだいたいピタッと暦どうりに進みます。なので、そのセリフは北京ではあまり使わないの。」<br /><br />その話を聞きながらなるほどと思っていると、陸上競技が始まってすぐに暑い時には記録が出にくい長距離種目の女子１００００ｍでオリンピック記録が、また女子３０００ｍ障害で世界新記録が出ました。その後の展開はご存知のように男子１００、２００ｍの世界新記録、女子棒高跳びの世界新記録と続き、長距離種目でも五輪記録が連続で更新され、最終日に行われたマラソンにいたっては五輪記録を３分くらい更新する好記録になりました。<br /><br />　これらの陸上競技の好記録から判断できることは、鳥の巣の競技場のトラックが記録を生み出すために最適な硬さであるということ、そして鳥の巣の周囲を囲むネット状の巣に見える部分が選手が速く走ることに障害となるような強い風を吹かせないようになって取り囲んでいるということ。そして、日本であれば残暑の季節も、北京では朝、夕は涼しく過ごしやすいということがあげられると思います。<br /><br />専門的に言えば、ボルト選手の記録から判断して彼の一歩に要する接地時間は0.09秒前後、また、走る時の歩幅は後半では2m60cmを越えるものと思われます。短い接地時間と大きな歩幅を生み出すためには相当に硬いゴム質でありながらも良く弾むオールウエザートラックとなっていることが想像できます。このことは、２ｍ以上が4人も出たハイレベルな女子走り高跳びからも判断でき、走り高跳びの助走路はトラックよりも若干柔らかめのさらに弾むような硬さで作られているのかもしれません。このあたりについては、確認していませんのでわかりませんが、いずれにしてもルールの範囲内で記録の出やすい構造のトラックで、快適な気候のもとで行われたことがこの北京五輪の陸上競技での記録ラッシュにつながったのではないかと考えています。<br /><br />２００８年の夏、北京五輪を見た世界各地のアスリート達にとって、北京五輪会場はいつかは競技してみたい憧れの場所になりました。五輪開催をきっかけに、今後は世界水泳や世界陸上の開催を誘致し、北京がいつか再び世界トップレベルのアスリートの集う場となることも、近い将来の楽しみにしたいと思います。<br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Fri, 29 Aug 2008 00:21:20 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.34（北京五輪に思う　その２　ルールの変更と勝負の行方）</title>
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			<description><![CDATA[<center><img src="images/20080827-34-1.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /> <img src="images/20080827-34-2.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /> <img src="images/20080827-34-3.JPG" width="150" height="112" border="0" alt="" /></center><br />北京五輪の始まる前、日本でも話題になっていたものの一つに、競泳選手の水着問題がありました。イギリスのメーカー「スピード社」の開発した水着を着用した選手達が好記録を続出し、日本製の水着も早期の対応を迫られましたが、対応できずに日本選手の多くも本来着用する予定の無かった「スピード社」の水着を着て出場することになりました。スポーツメーカーとの契約が絡む、一流選手ならではの近年特有の問題ではありますが、この水着問題も含めて、体操や女子レスリング等でも勝負の行方を左右するようなルール変更がアテネ五輪から北京五輪に至るまでには行われきていました。<br /><br />北京五輪の始まる前にたまたま知り合ったＴさんはかつて大手繊維メーカーに勤められていて、今回の水着問題の真相を良くご存知でした。「本来は水着に使う生地には有利に水をはじく張り合わせ製法は許可にならなかったが、今回は急に許可になり、その情報を事前に入手できなかった日本の各メーカーはすぐには対応できなかった。」Ｔさんは内情を説明してくれ、最後に「ルールの範囲内で最高の技術を求め、世界をリードする自信があった日本メーカーだったが、外国はルールそのものを変えてしまった。」と残念がっていました。<br /><br />同じようなことが体操の採点法にも見られました。長い体操競技の歴史の中でずっと続いていた１０点満点という基準も、アテネ五輪で日本が団体王者に返り咲いた後の世界選手権から、満点という概念そのものが無くなりました。このルール変更により、姿勢欠点の少ない美しい体操を目標に素晴らしい伝統を築いて来た日本の体操界も大きな転換を迫られました。私は北京五輪の体操競技をテレビで見ながら、日本の選手達の演技をとても美しいと思いましたが、なぜか得点は伸びてきませんでした。そして、多少の失敗にもかかわらず高得点を出す外国選手の演技を見ながら、美しさ以上に高い難度の追求が求められる時代になってしまったということを実感しました。<br /><br />オリンピックや世界選手権の歴史の中では、日本のスポーツ選手が活躍するごとに、世界の競技ルール基準も変わってくることはよくありました。柔道、体操、レスリング、冬季競技でもスキージャンプの板の長さや、スケートのスラップスケート靴、複合競技の得点等、ルールの範囲内で最高の技術を目指して努力してきた結果として日本が優勝すると、世界のルールが変えられるという宿命が日本のスポーツ界にはあるように感じます。<br /><br />そんな中、見事に対応して活躍した選手達は本当に立派だと思いました。その中でも特に私は、体操競技の演技の中で、いつものクールな表情で素晴らしい演技を披露し続けた富田選手の演技に感動しました。富田選手の演技するときの表情は、私たちに「みなさんに本当に美しい体操をお見せしましょう」と訴えるような意地が感じられ、胸が熱くなりました。<br /><br />メダルの獲得という目から見れば、ルール変更への対応の遅れは致命傷になるのかもしれませんが、選手達にとっては、ルール変更が大きなものであればあるほど、すぐには対応できません。私たちはともするとマスコミのメダル獲得報道に扇動され、スポーツ選手自身への配慮を忘れてしまうことがありますが、日本を代表してオリンピックに出場する選手ですら難しい対応を迫られるルールの変更による勝負の行方については、特に選手の皆さんに配慮した報道がなされてゆくことを期待したいと思います。<br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
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			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Wed, 27 Aug 2008 08:07:36 GMT</pubDate>
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			<title>北京レポート No.33（北京オリンピックに思う　その１　笑顔が国を光らせた！）</title>
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			<description><![CDATA[４月に北京に住むようになってから、五輪の看板や旗、新たなモニュメント、美しい花や植栽など、五輪開催を前に日々移り変わる北京の街の景色を見ながら、オリンピックの開催を楽しみにしてきました。オリンピックのカウントダウン掲示板の日数が刻一刻と減ることに、北京に住む中国の人々と一緒に心を躍らせていました。一方では、日本や世界からのニュースでは聖火リレーでの混乱を伝え、大気汚染やテロの発生を危惧する声も耳にしました。<br /><br />そんな中で起こった四川大地震。オリンピック開催を危ぶむ声も聞かれましたが、北京オリンピックは予定通り開催ということで、中国の人々は四川の人々の救済に心を置きながら、目はオリンピックを見据えての準備を加速して行きました。中国という１３億の人口を誇る大国の、内外を揺るがす大きなうねりの中で、北京オリンピックは着々と準備が進められ、８月８日の開会式の日を迎えました。<br /><br />開会式は中国の人々にとって、いや世界の人々にとっても、忘れることの出来ない一大イベントとなりました。中国の歴史と伝統と新たな未来を、最新の科学技術を絡めて描き出した演出に、私たちは圧倒されました。一つ一つのシーンに深い意味を持たせた、素晴らしいショーでした。あの開会式が無事終了した時に、多くの人々が北京オリンピックが大成功のうちに進んでゆくことを予測できたのではないかと思います。<br /><br />大会は地元中国選手の大活躍を中心に、日を追うごとに白熱して行きました。世界各地から集まった選手達が、各種目で繰り広げた名勝負、名場面、世界新記録の誕生、勝利した選手達の笑顔、敗れた者の涙も、私たちにとって忘れられないものとなりました。「オリンピックは参加することに意義がある」という言葉のもとに集まった選手達も、実際にはその種目のただ一人の勝利者を目指して戦ってゆきます。勝利者の数の何十倍、何百倍もの敗者が生まれ、その戦いの中で最も輝く金メダルを獲得した勝者を私たちは羨望のまなざしで称えるとともに、敗れた選手達にも大きな拍手を送りました。<br /><br /><img src="images/20080826-33-1.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />そして迎えた閉会式。またもや驚くような演出の数々の中に混じって行われたセレモニーの一コマに、私の目は釘付けになりました。開会式や閉会式の中で行われた演出の中でも最も地味なセレモニーの中に、私は北京オリンピック大成功のもとになった美しい笑顔を見つけました。そこには、私たちが北京の街角のあちこちで、そして大会会場の各部門で常にお世話になったボランティアの代表者のみなさんが、次々と舞台に上がり、選手達の代表者からお礼の花束を渡されている光景が映し出されていました。スカイブルーのシャツとグレーのズボン。そろいのユニフォームを着たボランティアの皆さんの笑顔が輝いていました。<br /><br /><img src="images/20080826-33-2.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br /><img src="images/20080826-33-3.JPG" width="400" height="300" border="0" alt="" /><br /><br />世界各国のメディアからの北京五輪の評価がどのようなものになるのか、私にはわかりません。しかしながら、北京に住む一外国人の私にとって、このオリンピックを通じて北京の街でふれあった中国の人々の笑顔と優しさ、そして明るさは、生涯忘れることの出来ない思い出になるとはっきりと言えます。常に親切な態度で接してくれた中国の人々の笑顔から、私はこの国の人々がどんなにこのオリンピックを待ち望み、楽しみにしていたものであるかが読み取れました。オリンピックを開催したことのある日本から来た私は、開催したことの無かった中国の人々の素晴らしい笑顔から、私たちが忘れかけていた素朴で純粋な心を思い出すことになりました。<br /><br />北京五輪は、施設、運営、演出等で過去の五輪の中でも高い評価を与えられるのではないかと思いますが、一方ではお金のかけすぎという批判も出るかもしれません。そんな中で、誰もが最も高く評価し、中国という国のイメージを最も高めたと感じさせるものは、一番お金のかからないボランティアの方々の笑顔だったのではないかと私は思っています。　ボランティアの皆さん　謝謝　感謝！<br /><br />※CRI（中国国際放送局）<a href="http://japanese.cri.cn/541/more/721/more721.htm" target="_blank" >『北京五輪　私の楽しみ方』</a>にも同じ記事が掲載されます。あわせてご覧ください。]]></description>
			<category></category>
			<guid isPermaLink="true">http://mori.honjowaseda.com/COLUMN/column07/index.php?entry=entry080826-100830</guid>
			<author>杜エクスプレス</author>
			<pubDate>Tue, 26 Aug 2008 01:08:30 GMT</pubDate>
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